さくら
森に、いつもとちがう、春が目ざめた。
森でくらすコロルは、もうすぐ6さい。
窓のむこうを見つめては、
ちょっと、どきどき。
すごく、わくわく。
もうすぐ、うちの前に流れる川を、
はじめて、ひとり、橋をわたって、
森のむこうへ、行けるようになるから。
ある日のこと…
ころころ ころん
ころころ ころん
「なんのおと? なんのこえ?」
どこからか、なにか聞こえてくる。
まわりをぐるり。
だれもいない。なにもない。
ころっ ころろっ
ポケットのなか、なにかが、うごいた。
おそるおそる、手を入れてみる。
なにかが、ぴとり、くっついた。
「なんだろう?」
おどろいて、とり出してみた。
それは、手のなかすっぽり、小さな石。
まるまる、とうめい、色もないけど、
キラキラ、光って、とってもきれい。
光にかざし、のぞいてみると……
さわさわ 森の緑
ぴよぴよ ことりの黄色
ぽかぽか おひさまの赤
石のなかに、たくさんの色。
これは森にある、あらゆる色を、
見せてくれる、ふしぎな石。
見たことない色も、いっぱい。
コロルは、森のなかへ、
いろんな色を、さがしに行くことに。
しらない色のかずだけ、
森のひみつと、であえる気がして。
石が、なくならないようポケットに、
ぎゅぎゅっと、にぎりしめ、
ある朝、とうとう、その日がきた。
どきどきしながら、橋をわたる。
さあ、森の入りぐち。
そこに、立っていたのは、小さなさくら。
なにか、ちょっと、こまったようす。
「こんにちは。どうしたの?」
おもいきって、話しかける。
「ここで、咲こうと決めたのに、
いざとなったら、
さくらの色が、分からなくって……」
とおくの大きなさくらたちは、
もう、つぼみをふくらませている。
さくら色って、どんな色?
ピンクのなかま、だったような。
その時、
キラキラ どうぞ
キラキラ ひとつ
ポケットの石が、ころろっ。
コロルは、ひらめいて、
「石のなか、きみの色を見つけてみよう!」
ふたりは、石を光にかざし、
そっと、のぞいてみた。
すると……なんと、
そこには、さくら色のなかまが、いっぱい。
そう、さくらの色だって、ひとつじゃない。
「こんなにたくさん、こまっちゃう。
このなかに、じぶんの色を見つけるなんて
ふんわりやさしい、さくら色。
ちからづよい、さくら色。
すぐに消えちゃいそうな、さくら色。
色にも、きもちがあるみたい。
「きみが、たいせつにしたいきもちって?
それが、きみの色に、なるのかも」
「ここは、森の入りぐち。
みんな、ここから森のそとへ出かけて、
また、かえって来るの。
だから、みんなの目じるしになって、
ほっとする色がいい」
さくらの子が、そう口にしたとたん、
また、石が、ころろっ。
キラキラ どうぞ
キラキラ ひとつ
ーそして、この春、一番つよい風がふいた。
緑をとりもどしてきた森のあちこちで、
「いっせーのーせ!」
さくらたちが、声をあわせ、
からだ、いっぱい、さいた。
もちろん、森の入りぐち、さくらの子も。
みんなより、体はすこし小さいけれど、
みんなより、すこし目をひく、さくら色。
森のそとへ、でかけてゆくあの子も、
森にかえってくる、あの子も、
みんなが、あたらしい世界になれるまで、
さくら色のあかりを、ともしつづける。
花びらが、ひらひら風にまうのは、
さくらが、ひらひら手をふっているから。
花びらが、ぜんぶ風にかえったら、
こんどは、葉っぱが、
もりもり、ぐんぐん、のびてゆく。
そしてまた、つぎの春のため、
1ねんかけて、じゅんびをする。
コロルは、たくさんの花びらに、
ふわり、ふわりと、せなかをおされ、
森のおくへと、歩きはじめた。
さくら色のできごとを、
ずっと、おぼえておきたくて、
すこし、さくら色のこる石を、
ポケットのなか、
ぎゅぎゅっと、抱きしめながら。
つづく
さくら
Spring Pink
満開の桜をイメージしたピンク。光に満ちた春の日のようなあたたかみがあります。しっとりと落ち着いた色味は、高学年になっても馴染みます。